いのちの食べ方

b0062019_13584219.jpg西京シネクラブさんの10月特別例会“「食」から世界を考える映画特集”へ行ってきました。
『おいしいコーヒーの真実』/『ファーストフード・ネイション』/『いのちの食べかた』の全3本の上映で今日が最終日。先に上映された2本はどうしても都合がつかず、何とかこれだけでも!と前々から決めてました。

別に何も考えてなかったのですが、車の中にたくさんチケットがあったので朝からいろんな人を誘ってみました。いつものように突然で急なお誘いをしてみたら、これが誰も捕まらない。
よく考えると3連休前の金曜の夜。そりゃ予定あるわなぁ。最近曜日感覚があまりない(連休感覚が殆どない)ので全然気にしてませんでした。

ちょっと早く着いたのでロビーでフェアトレードのコーヒーを頂いてホールへ。約500人くらい入る会場で、今日4回目の上映ということもありどうかなぁと思っていたけど、関心を持ったたくさんの方がいらっしゃいました。
上映の前に「厳撰素材と雑穀レストラン&カフェ月光荘」の田中さんのミニトークがあり、その後上映。

92分間のドキュメンタリーである『いのちの食べ方』はとても衝撃的な内容でした。
まず何がって、映像が。大量にかつ計画的に飼育された牛や鳥や豚や魚が屠畜され、解体されていく(肉になっていく)映像。それから広大な栽培地での農薬頒布の様子。そしてそこで働く人たちの日常的な一面。

実は虫とか血とかグロイのとか大の苦手です。が、屠畜や農場の映像を見ていて、とんでもない人間の知恵に感心している自分がいました。
大量に生産、加工するための機械やシステム化など。初めて見るものすごい規模の働く車(特にレタスの車)や、オートメーションされつつもどこかに人間の目と手がないと処理できない食用にされるまでの流れ作業機器、薬をまいたり収穫をするための農機など。そしてあまりにあっけなく残酷に思えない屠畜の様子。

田舎出身の年配の方で昔鶏をしめるところを見てから鶏肉が食べられないという話や、猪をさばくのは大変だと聞いたことがあります。
それを思うとパックや包まれた肉しか知らない私たちはその残酷さを知らずに済んでいるのです。ここにも色んな考え方があると思います。
■知らずにパックになったおいしい肉だけ食べられるなんて恵まれている。
■その残酷さを知ったうえでこそ感謝して食べられる。
■そんな残酷に作られた肉を食べることすら間違っている。などなど。
以前アイガモ農法の実習をしていた友人が、米の収穫が終わってそのカモたちを食べるまでが実習なんだと言っていました。
おいしい米を作るために頑張ってくれたパートナーであるカモたちを食べることはきっと悲しいことなんだけど、それが自然の食物連鎖の世界でもあるのかもしれません。

それでも、正直私はお肉がすきです。でも動物をさばくことは自分ではできません。私だったら絶対にできない、やりたくないその汚れ仕事をして生活をしている人たちがいるから食べられるというのも事実です。
ただ、やっぱりこの映画にでてくる映像、生物がおもちゃのように生産され屠畜される様子も、あの広大な農業も、どこかわからない塩採掘の様子も、どこかおかしいと感じざるをえないんですよね。

あとは、「なにを選ぶのか」。
これだけ異物混入やら産地偽装やらが頻発している昨今で、自分が自分の責任において選び、それを頂く、それしかないんですよね。
“おいしいもの”という感覚は最近“安全・安心なもの”という形容に変わってきているように思います。それは精神的なものでもあるかもしれませんが、とっても大事なことで、必要なことだなぁって最近折にふれ考えさせられます。

しかしさすがにこの映画を見た後にお肉は無理でした。
珍しくしかけておいた炊き立てのごはん(周東産)とスープ、安全な野菜で充分です。
いただきます&感謝(^u^)
[PR]
by floating_t | 2008-10-31 23:54 | おもい | Comments(0)