大バカたれなお手伝い

終了。

結果、最後の追い上げというか、ご招待も含め会場の半分が埋まりました。よかったよかった。

プログラムはめちゃくちゃ良く、スピーカーから聞こえてくる会場内の音だけでもうっとり。
アンコール終了後のカーテンコールも長く、客席を立つ人もいない。
来た人は満足。
そんな素晴らしい公演が行われたのだ。
ということは広報には問題があるけれど企画は間違っていない。

運営はというと…。
敵は誰なんじゃ?!というくらいのひどい有様で。

あげればきりがない文句がいっぱい。
舞台スタッフのお弁当を運んでないとか
おつりの用意が甘すぎるとか
お手伝いでお弁当食べてない人がいるの知ってて勝手にお弁当持って帰ったり
最後のご挨拶とかなかったり
一番全部を把握してるべき人が着替えるためにずっと現場離れてたり
責任者がずっと事務所でゴロゴロ(?)してたり
主催者なのにめちゃめちゃお客様気分だったり

こんなもんじゃ足りないくらい。

1日いただけで心も体もボロボロにされました。

が、行ってみてわかったことは
その環境を捨てたり逃げ出したりした人間が、やっている人に対して「私はあれだけやっていたのに」「私がここまで用意をしてあげていたのに」と文句を言うことは間違っている気がするということ。
気持はわからなくない。
確かにひどい有様だったから。

けれど、私も含め、所詮はそれを人に押し付け、自分でやらないことを選んでいる人間なのだ。

辞めた後も情報の入る、むしろ身近な場所にいて、今やっている人を批判したり、その進行状況に文句を付けるくらいならやめなければいい。
みんなに「いてくれて助かった」と言われるのは気分がいいけれど、きっと誰かがやめたって、私がいなくたってその日はやってきて、その事業は行われることを知っている。「どうせ表面だけの形にはするんでしょうけど」というのは傲慢でしかない。
表面だけだろうと、内部のことなんてお客さんにはどうでもよくて、お客さんの期待する“いいモノを見せる”ということさえできれば誰も文句も言わなければ疑問にすら思わないのだから。

じゃあ次の事業に対してとる私のアクションは?
それが問題。

運営も去ることながら、批判を聞くことにもパワーを使った1日。
イベントの現場は大好きなので、指摘への逆切れや的の得ない運営方法以外はお客さんとのふれあいも、進行も楽しめたのだけれど、なんだか後味の悪い時間だった。

関わり方の問題か。
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by floating_t | 2009-10-22 22:42 | かつどう